随筆「一冊の本」

 ふと頭に浮かぶ一冊の本、それは、何か趣が感じられる。頭に一冊の本を描いて見ると、様々なイメージが想像出来る。では、それはどのようなものであろうか。
 本は、一冊読むだけで多大な知恵や知識が身に付く。社会性が身に付いたり、人間性がより豊かになったり、豊かな教養も身に付けられたりする。一冊の本から幅広い視野を持つ事も出来る。自分の感性を存分に磨き上げるために、五感を研ぎ澄ませて文字の森を誘(いざな)われる。それも自由自在に。
 作者の心理や作者の意図する世界の全てがある。その文字の一語一語の中に、「世界とはどう言うものか、どう生きれば良いのか」と言う作者の考えが凝縮されている。その考えは、様々な角度から、世界の仕組み、人間の生きる意味などを探った作者の心の表明がある。例えば、嘗て滝沢馬琴の書いた、「南総里見八犬伝」と言う名の本は、全九十八巻百六冊と言う、全ての中で最大の長編小説であるが、全てを読破出来た者は、日本国内でも数える程しかいないと言う話である。
しかし、平岩弓枝と言う御方が、それを「一冊」に纏めてくれた。それを一冊に絞り上げた御蔭で、読み終えた後、内容や、原作者の滝沢馬琴と、それを纏め上げた平岩弓枝との二人の気持ちをも理解出来たのである。他には、夏目漱石の小説の中に、「水」や「鏡」への拘りを見つけ、そこから、漱石自身気付いていない漱石の心の奥を描き出そうとするような文学研究が次々と現れる。
 文学は、一冊の本だけでも、書く人間と詠む人間が、それぞれを確かめ、自分を作って行くのであろう。そう考える事によって、文学的営為の意味をが見えて来るのではあるまいか。一冊の本の中には作者の偉大な力が込められていよう。それは、一人の人間の思考過程の形象と言っても良いだろう。